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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)706号 判決 1960年7月28日

控訴人(被告) 京都府知事

瑩被控訴人(原告) 西村兵蔵

原審 京都地方昭和三二年(行)第二一号

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は……以下証拠省略……のほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

訴外京都市伏見区農地委員会(以下伏見区農地委員会という)が昭和二三年一〇月四日、被控訴人所有の別紙第一目録記載の土地(ただし登記簿上は被控訴人の父伊之助名義)につき自作農創設特別措置法第三八条の規定を適用して、買収期日を同年一二月二日とする買収計画を樹立し、その旨公告するとともに同年一〇月一日から同月二〇日まで関係書類の従覧期間と定めて被控訴人に通知したこと、次いて昭和二四年七月一日訴外京都府農地委員会において、前記買収期日を同月二日と変更のうえ右計画の承認をなし、被告知事はただちにこれが買収令書を被控訴人に発送交付したのち、元来二筆であつた右土地を併合して京都府伏見区深草大亀谷敦賀町一九番地、地目畑一筆としたうえ、別紙第二目録記載のように分筆し、昭和二五年一一月一日、自創法第四一条により同表下欄記載のとおり訴外平久二男外六名にそれぞれ売渡処分を行つたことは当事者間に争いがない。

ところで被控訴人は右買収計画に対し、前記縦覧期間内に伏見区農地委員会に異議申立をしたと主張し、控訴人はこの事実を否認するので考えてみるのに、原審証人松井弥兵衛、原審並びに当審での証人西村みかの各証言と当審での被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は茶園九反余りを所有し、茶製造業を営んでいるものであるが、茶園の経営には樹林を保護するための日覆いや支柱用に毎年一〇月から一二月の頃にかけて、何時でも伐採のできる三、四〇束位の真竹が必要であり、したがつて本件土地(現況竹藪)を失うときは、他に竹林を所有しない被控訴人は茶園の経営に重大な支障をきたし、家業の維持が困難である事情を認めることができる、そしてこの事実に原審証人小森助八の証言により真正に成立したと認める甲第三号証、および原審証人井沢瑩、当審での証人西村みか、同徳平京治の各証言原審での被控訴人本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)を併せ考えると、被控訴人は前記事情から本件土地につき買収計画の通知を受取ると同時に異議の申立をする決心をして、その書類の作成を司法書士徳平京治に依頼し、同人を介して前記縦覧期間内に右申立書を伏見区農地委員会に持参提出して貰つたが、同委員会の小森助八書記はそんな書類は受取れねといつて突き返したので、訴外徳平は右小森の気持ちをそこねることをはばかり、強いて逆わずにその侭小森の座席の机の上に右異議申立書をおいて立ち帰つたこと、そこで被控訴人は買収除外を念願するあまり、日を改めて、右徳平の世話で、同委員会の主任書記小森助八と林誠吉書記を自宅に招待し酒食のもてなしをしたところ、右両名は、その場では自分達一存で決めかねるが、努力はしてみるといつて別れたまま、被控訴人の異議申立については、ついに考慮されずに終つた事実を認定することができる。原審証人星野市三郎、原審および当審での証人小森助八(当審では第一、二回)、当審証人林誠吉の証言中右認定に反し、被控訴人名義の異議申立書の提出がなかつたとの部分、原審および当審での被控訴人本人尋問の結果中被控訴人自からが右徳平作成の異議申立書を伏見区農地委員会え持参したとある部分は、ともに前掲の各証拠に照して信用ができず、乙第一号証その他控訴人の全立証によつても前記認定を動かすに足りない。

前記甲第三号証には被控訴人の本件買収計画に対する異議申立は立消えになつた旨の記載があるが一旦異議の申立があつた以上異議申立人の意思に基いてこれが取り下げがなされない限り自然立消えという如き取扱は適法なものでないと解すべきところ、本件異議の申立が被控訴人の意思に基いて適法に取り下げられたことを認めるに足る証拠がないから、被控訴人の異議申立は取下げによつて終了したものと認めることもできない。

およそ、農地の買収計画に対し、異議申立がある場合は、当該申立人の発意による取下げがないかぎり委員会としては会議を開き、申立てを理由なしとするときは、異議却下の決定をし、右決定に対しさらに訴願の申立てがある場合は、訴願庁において審査をし、理由ないと認めるときは訴願棄却の決定をすべきものであること自作農創設特別措置法第八条の明定するところであるから、農地の買収および売渡について、被買収者たる所有者から不服の申立があるときは、すべて右述の手続を経ることを要し、その後においてこれらの処分を行うべきものである。それゆえ、本件のごとく農地所有者たる被控訴人から適式な異議申立てがあるのに、これを無視して受付けもせず、農地委員個人の考えで勝手に農地所有者の意思に反するような買収計画の承認の取り扱いをし、買収令書をこれに交付して所有農地を買収するがごとき処分は、法律に違背しその不当違法なること明らかであるから、前記認定のもとにおける本件土地の買収および売渡の各処分は、いづれも重大かつ明白なかしを含む行政処分として当然無効たるを免れない。したがつて右各処分の無効確認を求める本訴請求は正当として認容すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴はその理由なきものといわねばならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 千葉実二)

(別紙目録省略)

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